重イオンビーム育種とは?「コシヒカリ環1号」「あきたこまちR」問題を考えるー学習会レポート


秋田県、そして日本を代表するお米でもある「あきたこまち」が、「コシヒカリ環1号」との交配種である「あきたこまちR」へ全量転換されるまであと1年。
この問題について、みなさんはどのようにお考えでしょうか。
年が明けて間もない1月9日には、秋田県有機農業推進協議会のみなさんが、秋田県庁で「あきたこまちR」への全面切り替えに反対表明をするなど、大変重要な声も上がっています。
秋田県や農水省は ―「あきたこまちR」の元になった「コシヒカリ環1号」は長く使ってきている放射線育種技術から作られ、この技術は実績もあり、世界で広く使われている― と言いますが、それは本当でしょうか?
実際には全く違います。

まだまだ誤解が多く、理解が難しいこの重イオンビーム放射線育種問題について、OKシードプロジェクトで昨年末に学習会を開催し、参加した運営委員の松尾由美さんが学習会の内容を丁寧にレポートしてくれました。
ぜひお読みください!

重イオンビーム育種とは?「コシヒカリ環1号」「あきたこまちR」問題を考える /松尾由美(OKシードプロジェクト運営委員)

日常生活の中でカドミウム汚染について意識することは、今ほとんどないかもしれません。でも、日本は世界でも最大級の汚染被害者を生み出してきた国であり、2000年まで世界一の使用量があったと冒頭から印鑰さんのお話が始まりました。
以下、学習会の内容を要約してお伝えします。 

重イオンビーム放射線育種米問題の背景

 カドミウムとは自然界に存在する人体に有害な元素で、体内に蓄積するとカドミウム腎症を発症、さらに進行すると骨組織が崩れてイタイイタイ病になる。
重イオンビーム育種米の背景にカドミウム汚染がある?そして、汚染が深刻化したのはなぜ?一言で言えば、明治政府が富国強兵政策を推し進め、兵器生産のため銅や亜鉛の増産を強行し、開発企業は不要なカドミウムを環境中に廃棄し続けた。汚染はこのような鉱山の産業利用により引き起こされた。イタイイタイ病は明治末期には発症していたと考えられるが、国が原因を特定したのは1968年になってからである。

イタイイタイ病の戦いが生み出した遺産

 1970年、世界に先駆けて汚染者負担原則(Polluter Pays Principle, PPP)が法制化された。熾烈な戦いの結果、神岡鉱山や神通川流域は徹底した汚染対策が取られて自然レベルにまで回復し、汚染水田も米の生産が可能になった。一方、他の地域については、基準値(1.0ppm、2010年に0.4ppmへ変更)を設定、汚染米産出地域として汚染低減事業を行い、汚染米については国が買い取りや焼却処分を行なった(0.4ppm〜1.0ppmは買い取り、1.0ppm以上は焼却処分、2011年に国の買い取りが終了、以降は地方自治体負担へ)。

農用地土壌汚染防止法と公害防止事業費事業者負担法(1970年)

 公害防止事業費事業者負担法により、汚染者は汚染対策事業負担の全額(またはその一部)を負担する。対象となるのは稲と水田のみ、指定物質はカドミウム、銅、ヒ素の3つに限られる。カドミウムについては0.4ppm以上の汚染米産出地域が対象となっている。

イタイイタイ病の影

 イタイイタイ病は日本の4大公害病(水俣病、新潟水俣病、四日市ぜんそく)の中で、重要な達成を残したが、カドミウム汚染の被害が認定されたのは神通川流域のみ、カドミウム腎症は公害病認定されることなく、被害者は何の補償もないまま放置された。被害を告発しようとしても、「米が売れなくなる」「嫁の来てがなくなる」と被害者が沈黙を強いられる事態が生じ、責任追及を阻む力も被害地域では発生した。だが、神通川流域は一致団結して三井財閥や国の責任を認めさせることに成功し、公害病の認定や汚染対策も進んだ。しかし、汚染対策が取られたのは主として水田に限り、他の作物は対策の対象となっていない。また、「過去の鉱山活動からの汚染もある」という根拠の怪しい理由で企業の汚染者負担は半減された。

汚染対策事業の柱:客土による汚染軽減、湛水管理、低吸収品種開発

 カドミウムは自然消滅することはなく、降水により地下水帯まで汚染が広がる懸念もある。農水省は主な汚染対策として、まず埋め込み客土工法(溝を掘り汚染土を埋め、その上に汚染されていない客土を被せる)を神通川流域に、上乗せ客土工法(汚染土の上に単に客土を被せるだけ)を秋田県などで採用した。客土以外には、湛水管理(水田のpHを中性に保ち、カドミウムを吸収しにくくする)と低吸収品種米開発の3つを柱としているが、いずれも地域のカドミウム低減には寄与しない。真の解決には汚染企業、国や地方自治体が責任を取り、汚染者負担原則が果たされることが重要かつ不可欠。

国際的な規制、国内産米の汚染状況

 2006年、国際コーデックス委員会は米のカドミウム基準値を(原案は0.2ppmだったが、日本のロビー活動により)0.4ppmに定めた。基準改定時期を過ぎていることから、日本は規制が強化されることを見越して、重イオンビーム育種米の開発をすすめたのではないか(現在、コーデックスの改訂情報はない)。
国内産米に含まれるカドミウムの汚染割合は0.4ppm以上が0.3%、0.2ppm以上は3.3%(農水省、2003年データ)で、汚染米は2003年以降も減少し続けている。

食品からのカドミウムの摂取状況

 日本人が食品から摂取するカドミウムの食品の内訳(寄与率)は米が43.4%、その他(野菜、海藻、魚介類、芋、雑穀、有色野菜、豆、豆加工品)が過半数を占めている(農研機構)。2023年11月の意見募集(パブリックコメント)で内閣府食品安全委員会は、「一般の日本人における食品からのカドミウム摂取が健康に影響を及ぼす可能性は低いと考えられた」と結論する評価書(案)を公表した。このような状況で、今なぜ米だけ対策を取るのか?

「放射線育種」の歴史

 ガンマ線(放射線)照射によって突然変異を引き起こして新品種を開発する「放射線育種」は1950年代から行われてきたが(中国と日本が突出、米国は軍事研究のみ)、安全性に関する研究は不明のまま世界では施設閉鎖によりこの技術は終了した。日本では米、大豆、小麦、花など500品種以上が作られたが、2022年度までにガンマ線による放射線育種施設は閉鎖され終了した。閉鎖の理由として農水省は「重イオンビーム照射やゲノム編集技術等の革新的な技術の台頭による突然変異育種技術の多様化・精緻化・施設そのものの老朽化」としている。

放射線育種のガンマ線利用と重イオンビーム利用の違い

 「育種」とは新品種の開発のことで、「放射線育種」では、品種開発の過程で一回だけ作物体や種子に放射線を照射して突然変異を人為的に誘発させる。食べるコメなど食品自体に毎回放射線を照射するわけではない。この違いが誤解されやすく、問題をわかりにくくしているのではないか。60年以上行われてきた放射線育種であるが、今はガンマ線使用は終わり、放射線育種に使われるのは重イオンビームになっている。その違いは大きく、同じ「放射線育種」と呼ばれているが、分けて考える必要がある。

「放射線は自然界にもある」?

 自然界で起こっている突然変異と放射線育種は変わらないから安全、安全性審査も不要という説明は非科学的。自然界の放射線で遺伝子が傷ついてもDNAの2本鎖が同時に切断されることは稀であり、ほとんどのケースで修復され変異は起こらない。放射線育種の放射線は人に当たれば即死するレベルで自然放射線とは全く別物である。さらに、イオンビームはガンマ線の最大1万倍の線エネルギーがあり、破壊力は比較にならないほど強い。

コシヒカリ環1号

コシヒカリ環1号は、カドミウムを吸収するOsNRAMP5遺伝子の1塩基を破壊して作られた重イオンビーム育種米。カドミウムだけでなく、生育に欠かせないマンガンの吸収も低下するため、従来のコシヒカリと比較するとごま葉枯れ病にかかりやすくなること、さらに収量、耐倒伏性、整粒粒比等が低下することも宮城県で報告され、、埼玉県でも同様の結果が出て、導入には至っていない。石川県は2020年に日本で最初に一般作付けが行われたが、翌年生産は半減し、2022年には生産が止まった。2015年に品種登録されるも、これまでどこでもうまく行った例がない。

秋田県はなぜあきたこまちRへ全量転換するのか?

秋田県は2025年、従来の「あきたこまち」からコシヒカリ環1号とあきたこまちを掛け合わせた「あきたこまちR」への国内初の全量切替えを発表した。収量は農業試験場の環境でも約2%低下したとのこと。なぜ汚染地域だけでなく全域で転換するのか?「一部の地域だけで生産すると、そこが高カドミウム汚染地という風評被害になる」「低カドミウム対策米以外はカドミウムが高いのでは、という逆の風評被害になる」と県は説明している。
あきたこまちは国内で生産される稲のシェアの第2〜第4を占める品種で、実に全国31府県で生産販売されており、そのうち13件は秋田県から種籾が供給されている。全国の学校給食でも採用されている。

秋田県の農家、市民の反応

 宮城県では主要農作物品種審査会で重イオンビーム育種米栽培方針が決定したものの、課題が多いことから中止に至った経緯が情報公開されているが、秋田県は県議会での報告のみで情報は公開されていない。その後、かつてない数の意見が秋田県議会のパブリックコメントに殺到、その大半が懸念や反対の声だった。汚染地域では湛水管理が大変なので歓迎する農家もいるが、非汚染地域では全くメリットはなく、収量減や種籾価格の値上がりも懸念されている。そもそも稲作農家の経営は非常に厳しく、これを機に離農者が増えるのではないか。農家も消費者もその多くに周知が不十分なまま、2025年に全面切り替えが始まろうとしている。

ターゲットは全国

 農水省は2018年、今後は米の主要品種を低カドミウム米にする指針を発表、2025年までに3割の都道府県で低カドミウム対策実施を掲げた。すでに22品種が開発済みかつ品種登録出願済み、合計202品種の後代交配種も開発中。これは国内生産の99%を網羅する数で、全て特許米となる。地方自治体に交付金を出して導入を促しており、宮城県、秋田県、新潟県、石川県、滋賀県、京都府、大阪府、兵庫県、島根県、山口県、宮崎県が、それ以外でも試験栽培や品種開発の動きがある。公的機関が開発しているにもかかわらず、情報公開を請求してもほぼ黒塗りされたものしか開示されず、詳細は把握できていない。

表示なしで流通、タネの権利と消費者の権利

 「コシヒカリ環1号」は「コシヒカリ」、「あきたこまちR」は「あきたこまち」として販売される計画で、重イオンビーム放射線育種や「ゲノム編集」の有無は種苗にも米にも表示されない。消費者基本法で保障されている選択する権利や国連小農の権利宣言で謳われているタネの権利がないがしろにされている。

日本の有機認証でも容認?

 国際標準基準の中に放射線育種の種子の使用禁止という明瞭な記載がないことを理由に、農水省は「コシヒカリ環1号」や「あきたこまちR」などを有機米として有機JAS認証でき、有機農産物として販売、輸出も可能としている。日本で有機認証されれば有機同等性を承認している国に対しては有機食品として輸出できる仕組みがあるが、重イオンビーム育種は海外では行われていないため、実際に輸出すれば日本の有機認証に対する信頼が損なわれるだけである。本来、有機農業は安全な食を求める運動であり、遺伝子操作技術は認められていない。重イオンビーム使用の育種も有機と相容れないことは自明。


特許許諾料/品種許諾料、自家採取禁止、そして遺伝子特許の問題

 重イオンビーム育種米は自家採種禁止に加え許諾料の問題も看過できない。種籾生産団体と生産者には農研機構に対して特許料と品種許諾料の支払いが課せられる。米の価格には転嫁できないが、農家が負担するのはおかしいのではないか。
 さらに遺伝子特許の問題もある。これは育成者権よりも権限が強い。今回のカドミウム低吸収米は他の植物も共通する遺伝子を持っているため、同様に小麦や大豆なども開発される可能性がある。このような遺伝子特許権が認められれば、1つの特許権者が多くの作物を支配することになり、農業や食のあり方が根本的に変わってしまう。

重イオンビーム育種の実態は不明

 民間企業も重イオンビーム技術を応用して、涙の出ない玉ねぎや成長の早いリーフレタス、陸上養殖ワカメなどを開発しているが、届出もモニターもされておらず、実態は国も把握していない。

実は影の主役のヒ素

 カドミウム同様に汚染が懸念されているヒ素については、湛水管理すると稲はヒ素を吸収しやすく、反対に落水させると吸収しにくいことがわかっている。ヒ素の国際基準は0.35ppmだが国内基準は定められていない。ヒ素は微量であっても長期摂取すると皮膚疾患や発がん、代謝疾患、神経疾患、免疫抑制などの健康被害があり、除草剤のグリホサートと結びつくと慢性腎不全のリスクもある。
コシヒカリ環1号を開発した農研機構はヒ素を吸わない「ゲノム編集」米を研究中。近い将来、重イオンビーム育種からカドミウムもヒ素も吸収しない「ゲノム編集」米に移行するのではないか?両者ともDNAの2本鎖を切断するなど類似点が多く、かつ「ゲノム編集」のほうが格段に容易だからだ。

インドの在来種Pokkaliを生かそう

 インドのケララ州には3000年前から栽培されているPokkaliという在来種がある。この品種は取り込まれたカドミウムが根の液胞に留まり米には到達しない。マンガンについては豊富に取り込むことがわかっている。根を処分すれば土壌のカドミウム低減にも貢献できる。すでにコシヒカリとの交配種もできていて、収量や味は遜色ないとのこと。この品種が活用できれば、通常の品種改良で問題が解決する可能性がある。

今後に向けて

 1.カドミウム汚染は過去の問題ではない。閉山された後も水害や地震などで再び汚染が発生する可能性がある。また国が進めている下水汚泥肥料によっても汚染が拡散する懸念もある。下水汚泥にはカドミウムのほか重金属、PFASなどの化学物質や放射性物質も含まれる可能性がある。従来のあきたこまちを食べ続けたい消費者は多い。そのためには選択できるよう表示が必要だ。あきたこまちは登録品種でないため自家採取が可能。種苗供給農家を募り種籾を確保し栽培できるようにすること、売る流通業者と購入したい消費者を募り、栽培農家を買い支える仕組みをつくることで全量転換からあきたこまちを守ろう。
 2.PFAS、ヒ素、放射性物質汚染なども含めた汚染規制政策、総合的かつ長期的汚染対策事業を求めよう。
 3.何を選び、何を作り、何を食べるかは基本的人権、食料安全保障法には警戒しよう。
 4.「ゲノム編集」と重イオンビーム育種に表示の義務化を求めよう。
 5.タネを守る条例をつくろう。

 とにかく声をあげていくこと。
 3.5%が変われば社会は変わる。


 ◆学習会の動画を期間限定で公開しました!

 《オンライン学習会:放射線育種問題》
 こちらもぜひ、ご視聴くださいね!



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