UPOV問題国際会議に出席して(タネの権利を考える)

 今、アジアでタネの権利が大きな社会問題になりつつあります。そして、その中で日本政府が果たしている役割にアジアの市民・農民団体から批判の声が上がっています。「このままではアジアの社会が大変なことになってしまう、日本の市民運動もなんとか考えてほしい」という声が届き、日本消費者連盟の廣内かおりさん、農民運動全国連合会の岡崎衆史さんとOKシードプロジェクトから印鑰いんやく智哉がマレーシアで2023年10月4日から6日まで開かれた「植物品種の保護、農民の権利、種子部門の発展に関する東南アジア地域ワークショップ」(1)に参加し、各国の状況を共有し、今後に向けて議論してきました。

何が問題になっているのか?

 日本では2020年に種苗法が改正されました。日本政府は国内の法律を変えるだけでなく、かねてからアジア諸国の種苗法をも変えることを強く働きかけてきました。アジア諸国で法改正されると、日本以上に各国の農業に大きな多く影響が生まれ、多くの農家が営農を続けられなくなると危惧されています。そして、この問題は「ゲノム編集」の種苗をアジアに輸出する日本政府の政策(知財立国政策、バイオ戦略)とも結びついていると考えられます。それゆえOKシードプロジェクトとしても重要なテーマとなります。
UPOVの会議

国連とは無縁のUPOV条約

 日本の政策の背景には植物新品種保護国際同盟(UPOV)があります(2)。日本は1998年にこのUPOV条約に加盟しています。日本政府はUPOVに加盟することが種苗産業を促進し、各国国内の種苗市場を発展させるための前提条件になるとして、海外各国の加盟を後押ししてきました。しかし、これまでに、UPOVに加盟した地域では、海外の種子企業からの種子の輸入が激増する結果をもたらし、むしろローカルな種苗産業が衰えてしまう結果をもたらしているという批判が高まっています。つまり、多くの国にとって加盟しない方が、その国の種苗セクター(国内種苗事業者や流通業者)は栄えている実態が見えてきたのです(3)
 それでも国際条約なのだから加盟することが必須なのでは、と思われるかもしれませんが、UPOV条約は国連とは関わりがなく、その批准は必須ではありません。批准にはUPOV事務局の指示に従って、国内法を変えることが義務付けられ、そのあり方は植民地主義的という批判がなされています。
 このUPOVは欧米を中心とした種子メジャーのロビー活動によって作られたもので、先進国の知的財産権を発展途上国に押しつける色彩が強く、しかもその運営も先進国中心になっていて、中立で公平なものではないことが指摘されているのです。そればかりかUPOV条約は国連が定めた国際条約や宣言とも矛盾する部分が存在し、批准は義務ではなく、EUでも批准しないことを選択した国も存在しているのです(4)

UPOVをはねのける世界

 UPOV条約は1961年に作られて以降、改定が積み重ねられてきました。特に論議を呼んでいるのが1991年のバージョンです。種子企業の知的財産権を優先し、農家の権利を奪うものとして批判されており、UPOVに参加する国は78カ国ありますが、この問題となっている1991年の条約を批准している発展途上国はわずか14しかありません。
 自由貿易交渉などを利用して、先進国は発展途上国にUPOVへの加盟を押しつけてきました。大きな反対を呼んだTPP(環太平洋パートナーシップ協定)も参加国にUPOVへの加盟を義務付けています。ラテンアメリカでは2012年頃から、先進国との自由貿易交渉を通じて、このUPOV加盟強要が本格化しました。しかし、ラテンアメリカの農民の動きは激しいものでした。このUPOVの押しつけは「モンサント法」を押しつけるものだとして大きな反対運動を引き起こし、この流れはやや後退しました。
 またアフリカでは17カ国が加盟するアフリカ広域知的財産機関がUPOVに入ったことで、そのメンバーの17カ国も同時にUPOVに加盟したものとみなされるとされましたが、各国では国内法の制定は進まず、実際には破綻しています。各国の農民が強く反対して、その国内法制定を許さなかったからです。
 結果としてラテンアメリカでもアフリカでもこのUPOVの押しつけは今まで全体としては失敗しているというのが現状です(5)
 しかし、アジアでは日本がアジア諸国にこのUPOVを押しつける動きをずっと継続しており、ベトナムが先行し、ミャンマーやカンボジアでそれが進みつつあり、その他の国の加盟への圧力も高まるばかりという状況になっています。

日本とUPOV条約

 日本では2020年に種苗法が改正されますが、この種苗法改正は登録品種の自家採種禁止などにおいて一切の例外を認めない世界にもほとんど例のない厳しいものになりました。
 日本の種苗セクターの状況を見ると、この種苗法改正よりも20年以上前の1998年のUPOV加盟以降、大きな変化が生まれています。2001年段階では日本は新品種を開発する数で世界第2位でしたが、その後、新品種を作る力が衰え、中国や韓国にも抜かれます。20年ほどで毎年出願する新品種の数は半分近くに落ちています。日本はタネが作れない国に
激減する都道府県の新品種開発
 中でも日本の主要農産物の種苗開発の中心を担ってきた地方自治体の衰退が明らかです。2017年に地方自治体などが担っている種苗事業を民間企業に開放するために主要農作物種子法の廃止が決定されますが、そのプロセスは1998年のUPOV加盟時から始まっていたことがわかります(6)
 そして、日本国内における種採りに使われる農地面積がこの期間に急激に減少し(右表参照)(7)、少数の種子企業は海外に種子生産を移しました。タキイやサカタは世界の種子企業の10位前後に位置する大企業ですが、そうしたグローバル化した企業は生き残りましたが、国内の地域の小さな種苗企業は姿を消すものが増え、国内の種苗セクターは衰弱し、野菜の種子は海外に9割を依存するに至りました。
 逆に海外の種苗企業の日本国内でのプレゼンスは高まりました(下グラフ参照)。
外国勢力による日本の新品種出願数
 日本のUPOVへの参加はごく一部の企業のグローバル化と、それ以外の企業と日本国内の種採りの衰退、海外企業の国内参入というタネのグローバリゼーションをもたらしたということができるでしょう。その結果、海外との貿易が止まれば日本は農業生産も止まり、飢餓が発生する危険がさらに深刻になりました。こうした政策をアジア大で進めていけば、日本のみならず、アジア地域の発展も阻害されてしまいかねません。

国連関連条約を軽視する日本政府

 一方でこの期間、国連では「食料農業植物遺伝資源条約」や「小農および地方で働く人の権利宣言」など、農民の種子の権利を規定し、守ることを求める動きが進展しました(8)。在来種を含むタネの多様性を守ることの重要性が認識され、そうした多様なタネの生産を促進する法律や地方自治体の条令を制定する国・地方自治体が増えています。気候変動や生物絶滅危惧を緩和するためにも多様なタネを守ることが重要視されるようになっています。しかし、日本政府はUPOV条約だけを政策の準拠枠として、そうしたタネの国内生産には力を注がず、国連関連の条約を軽視する姿勢を見せています。
 こうした姿勢が、世界でも例のない農民のタネの権利を制限する種苗法改正を可能にして、ごく一部の種子企業を利すだけで、国内の種苗セクター自体が縮小し続けるという結果を生んでいるとも言えます。果たしてその政策が日本社会のために役立っているのか、検証すべき時にきていると思います。残念ながら、現在の日本政府の政策、たとえば「みどりの食料システム戦略」においても国内のタネの生産を強化する政策は一言も触れられておらず、「食料・農業・農村基本法」の改訂の議論においても同様の傾向になっています。

失敗した政策をアジア諸国にも強要

 この20年を振りかえれば、UPOVを重視した日本の種苗政策には大きな疑問点をつけざるをえず、政策転換する必要に迫られていると思われます。しかし、日本政府は自由貿易交渉や東アジア植物品種保護フォーラムを通じてこの失敗した政策の採用をアジア諸国に求め続けてきました。東アジア植物品種保護フォーラムには農水省だけでなく、国際協力機構(JICA)も関与しています。アジア諸国のためにならない政策に「援助」を旗頭に据える機関までが参加し、日本の税金が使われていることは果たして妥当なことでしょうか(9)
 日本国内においてタネの権利を守らせること、そして地域での種採りに関わる農家を増やして、食料自給率を上げる基礎となるタネの自給率を上げること、地域の種苗セクターを復活させることと同時にアジア地域でもそうした地域の農家の権利が守られることが今後のアジアの地域の発展に不可欠であり、UPOVや種苗法改正の強制、さらには国際的監視を強化すること(10)は、それに逆行する動きであると考えます。

 今回、参加したワークショップではアジア各国での種苗の現状、日本政府による政策の押しつけによる問題やオルタナティブな種苗法のあり方(11)などについて、3日間にわたり共有され、議論されました。そして、今後も毎年、各国の市民運動、農民運動が連携して、アジアにおける種苗政策に働きかけていくことが決まりました。詳しい内容については報告会を開催して、お伝えすることを計画しています。ぜひご注目ください。前回のオンライン学習会も合わせてご覧いただければ幸いです(12)

印鑰 智哉(OKシードプロジェクト事務局長)



(1) South East Asian Regional Workshop: Plant Variety Protection, Farmers’ Rights & Development of Seed Sector、主催 Association for Plant Breeding for the Benefit of Society (APBREBES) Third World Network (TWN)Southeast Asia Regional Initiatives for Community Empowerment (SEARICE)

(2) 特許庁:UPOV条約日本語訳

(3) Carlos Correa, 2015; Plant Variety Protection in Developing Countries: A Tool for Designing a Sui Generis Plant Variety Protection System: An Alternative to UPOV 1991

  Mohamed Coulibaly, Robert Ali Brac de la Perrière, 2019; A Dysfunctional Plant Variety Protection System: Ten Years of UPOV Implementation in Francophone Africa

(4) APBREBES, 2019; Access to Seed Index Shows: Implementation of UPOV 1991 Unnecessary for the Development of a Strong Seed Market

  Karine Peschard, 2021; Searching for flexibility - Why parties to the 1978 Act of the UPOV Convention have not acceded to the 1991 Act

  APBREBES, Indonesia for Global Justice, Both ENDS, Thirld World Network, 2022; The reasons why Indonesia should not (be forced to) join UPOV

  APBREBES and Third World Network, 2023 ; The Potential Impact of UPOV 1991 on the Malaysian Seed Sector, Farmers, and Their Practices

(5) 食からの情報民主化プロジェクト:「モンサント法案」に関する記事参照

(6) 食からの情報民主化プロジェクト:UPOVに関する記事参照

(7) 農林水産先端技術産業振興センター わが国における野菜種苗の安定供給に向けて

(8) 国連では「経済的、社会的及び文化的権利に関する国際規約」(1966/76年)において、食への権利が規程され、さらに、種子の権利は「女性に対するあらゆる形態の差別の撤廃に関する条約」(1979/81年)、「生物多様性条約」(1992/93年)、「植物農業遺伝資源条約」(2001/04年)「先住民族の権利宣言」(2007年)、「生物多様性条約名古屋議定書」(2010/14年)でもさまざまな側面から議論され、定義されてきました。「小農および地方で働く人の権利宣言」(2018年)では包括的な種子の権利(第19条)として表されています。これらの国連の歴史的な規程に対して、UPOV条約は国際条約としての整合性にも疑問が投げられています。

(9) 食からの情報民主化プロジェクト:東アジア植物品種保護フォーラムに関する記事

(10) 農水省:植物品種等海外流出防止総合対策事業
https://www.maff.go.jp/j/kanbo/tizai/brand/kentoukai/attach/pdf/5siryou-6.pdf

(11) APBREBES, 2020 ; Focus on Plant Variety Protection: A Compilation of Selected Literature on the Impact of the UPOV Convention, Alternative sui generis PVP Laws and the Effect on Farmers’ Rights

(12) YouTubeオンライン学習会録画 「基本的人権としてのタネが奪われる~改正種苗法で加速するUPOV体制強化への懸念~」(2023年8月8日)

ーーー11月13日追記ーーー

【オンライン学習会開催決定!】
「日本のタネの未来を考える〜種苗法改正の背後にあるUPOV(ユポフ)の実態〜」

 植物の新品種の権利を制限する「UPOV(ユポフ)条約」があります。この条約は育成者の権利を保護する一方、国連の決議や条約との整合性がとれておらず、農民の権利を強く制限しています。
 10月にマレーシアで開催されたUPOV問題に関する国際会議(植物品種の保護、農民の権利、種子部門の発展に関する東南アジア地域ワークショップ)に日本から参加したメンバーから、会議の報告とともに、そこから見えてきた日本の種苗法の問題点などをわかりやすく解説します。

日時:2024年2月13日(火) 18:30〜20:00(18:20からログインできます。11月の開催予定が延期になりましたがこの日となりました)
開催:オンライン(Zoomミーティング)※要・事前申し込み(すでに申し込んでいる人は申し込まなくても大丈夫です)
主催:OKシードプロジェクト/家族農林漁業プラットフォーム・ジャパン(FFPJ)/日本消費者連盟/農民運動全国連合会
参加費:無料

◆申し込みフォーム
https://forms.gle/yixsHU37MD5NejxY6

※今回の学習会はOKシードプロジェクトの主催企画ではなく、同様の問題に取り組む団体と共催で開催しますので、サポーター限定ではありません。
ぜひご友人などお誘いあわせの上、ご参加ください。

<共催>(50音順)
OKシードプロジェクト / 家族農林漁業プラットフォーム・ジャパン(FFPJ)/ 日本消費者連盟 / 農民運動全国連合会


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